「自然療法との出会い (1)」は、こちら
あるとき、「サラリーマンをしながら鍼灸師学校に通学、50代(確か)で脱サラして鍼灸師に」という方の記事をどこかで読みました。
あぁ、こんな生き方もあるのだなぁ、と強く感銘を受けた覚えがあります。
あるとき、「三宅島から被災した方たちの髪の毛を切るため、ボランティアの美容師、理容師が集まった」というテレビの地方ニュースを見ました。
体育館に椅子をずらーっと並べた映像と、髪を切ってもらい、さっぱりした顔の方々を見て、困っている人がいたときに、さっと飛んでいって、差し出せる「手に職」があるって、なんて素晴らしいことなんだろう、と思いました。
患者の立場から東洋医学や自然療法に学問として興味を持ち、本などを読んでいたところから、いつかは、自分もこのような能力、技術を身につけたい、と思うようになったのは、この頃からのような気がします。
ここからしばらく、「いつかは、鍼灸師になりたい」という淡い夢を持つようになりました。
半身浴や絹の5本指靴下が日常的なものとなり、自分でお灸などもするようになった頃、2002年に念願の子どもを授かりました。信頼している友人に誘われ、「自然育児友の会」と言う会に入会、それを機に、自然療法や代替療法といわれる分野が、東洋医学(中医学、漢方など)や、カイロプラクティックやオステオパシー、整体などの身体に働きかける手技、そしていわゆる「おばあちゃんの知恵袋」とも言える民間療法以外にも、まだまだ数限りなくある、ということを知りました。
その中で、私を強く惹き付けたものが、バッチフラワーエッセンスとホメオパシー、そしてちょっと毛色は違うけれど野口整体でした。
病気や症状を悪いものとみなさず、自分の心や体の表現を考え、根本的なことから見直すことで自分自身の生命力を上げていく、というのがこれらに共通する考え方でした。「病気を診るのではなく、人を診る」というのは、東洋医学と共通する部分でしたが、この「病気や症状を悪いものとみなさない」という哲学が、大きく異なるところであり、この考え方が私の心を揺さぶったのです。
同じ頃、どこかで、「鍼灸の分野が見直され、有資格者が増えている。そのため、視覚障害者の仕事の領域が侵されている」というような記事を読み、「いつかは鍼灸師・・・」の想いも、なんとなくフェイドアウトしていきました。
私は、大学で化学を専攻し、今でも科学の分野で研究開発をしている人間です。そんな私にとって、バッチフラワーエッセンスや、ホメオパシーの「エネルギーが・・・」とか「波動が・・・」という言葉や、「薄めれば薄めるほど力が強くなる」という原理を、そのまま丸ごと受け入れる、ということは最初は抵抗がありました。はじめの頃は、なんとかその原理を科学的に理解し、説明できるようになりたい、と思っていました。そんな思いもあり、いろいろな学校で主催されるセミナーに参加したり、さまざまな本を読んだりしました。
<まだ つづく>